頭の中の音2

 物見遊山から始まったこの旅も終焉を迎え眼前に広がるは新緑の平行でありそれが段々に上がって下りて森となる男の声は深く深く深く皺が年輪と称されるように悪魔が黒い羽根を持つように黒人が珍妙なドラムを叩くように音が響くように当然の如く私の胸に響いたのだがそれも森は受け止めその色の深さを増した気がしたが連れ立っていた者はだれもおらず仲間もいまは何処なりや私の旅はこの鬱蒼としたしかし整然とした新しい森に留めを打ちそうだが、昔の仲間は何処なりや、三万円を貸した彼はそのまま目の前の風俗店に消えた、朝まで待っても戻らぬので早朝割引券を貰って帰った、海が見える、彼の事だ、アロハシャツの彼のことだ、彼は繊細な文章を書いたが繊細は美文と微分を呼び微々たる理解も許さぬViVi愛読者専用浮動小数点暗号文と成り果ててしまった、そんな彼からいつか文が届いた、美しい情景を描きながら書いたと思われるその文はただのマーボー豆腐の垂れ落ちたシミでありほんのりと香辛料と、彼の生活圏であると思われるドブの臭いと、豆腐の香りがした、いろんな仲間がいた、いろんな世界があった、船を作って帆を立てる、海岸線は遠く離れた、鳥が飛び、あれはカモメだと思った、白い腹に青い毛を生やし、こちらを気にするのか気にせぬのか分からぬ風情で飛んでいる、浮かんでいるようだ、青い服を着た、それはレザージャケットであるのだが、警官帽と大きいサングラス、ビガーパンツの完全な彼はこちらに向かってヘイと、注文を受けたように語り掛けた、その迫力は私にマーボー豆腐を思い出させるに十分であり、浜辺の白い砂浜と、緑の木、青い空、指先から見える風景は壁しかなく、カーテンがはためき風を伝える、今は昼であると不躾に舞い込んだ陽光が伝える、埃が舞って、部屋の外、二階の廊下では学生ではない男女がその気分を伝え合っている、オレンジ色の陽光がピアノに差し掛かり、誰かがアナーキーインザユーケーを弾いた、本当はもっと、その先は伝えない、白い紙吹雪が、爪先にふわっと広がり!全て祝福されているような気分になって、私は涙を、ふわっとした紙の一枚一枚はあの男が随分まともだった時に破り捨てた手紙のような答案用紙であり、答案用紙という響きを酷く嫌うビガーパンツの男はまたしてもマーボーの香りがする表情をこちらに向け、カモメが!美しい!と伝えるのだ、カモメが美しい、山が見える、段々になった山が見える、そこには長い石段があり、それは山を撫でるように麓へと伸びていく、誰かが見える、芸者と書いて浮かぶイメージそのままの女だ、美しいようにここからは見える、精緻な石段は年月が風雨をそれに遣りやがて朽ちひび割れてそのひびには小虫が棲み、足の多い、名前は分からない、胴が長く、胴が多段式に動く、足の多い赤黒い虫だ、が、蟻などを捕食して、食べ残しをただそこに置く、手紙には染みだけがあったが、彼はどこで何を置いただろう、山間にある墓と家と、枯れた木しかない廃村には、痩せた犬がおり、犬の腹からは赤黒い血が虫がひびから這い出るように流れ続ける、その血を綺麗と思ってしまったら、部屋には風が吹くしかないんだ。陽光は、本当は嫌いじゃなかった。